虚構と現実が入り混じる様子に魅力がある一冊でした。
作品について
本作は2017年に出た小説で全2巻。
続編にメタブックはイメージです ディリュージョン社の提供でお送りします (講談社タイガ)があります。
作者のはやみねかおる氏は主に児童向けの文庫で小説を出しており、最近映画化の発表があった怪盗クイーンも手掛けています。
二重三重のミステリー
本作は役者やセットを用意して、顧客の望む世界を現実で再現し、顧客は物語の世界の登場人物のように振舞えるエンタテイメント『メタブック』というものが普及した世界です。
メタバースという似た語感の単語がありますが、メタブックにバーチャルな要素はありません。
主人公の美月もメタブックを提供するディリュージョン社の新入社員で、脚本を担当する手塚とともにディリュージョン社の常連である佐々木の望む、『殺人事件が起きて探偵が活躍する』内容のメタブックを提供することになります。
ところがその最中、予想外のトラブルが起きたり顧客の身に危険が迫るという不可解が出来事が起き、役者の中に怪我人が出て演技どころではなくなる事態が起きました。
メタブックの舞台となる屋敷に、怪我人が出るトラップが仕掛けられていることも発覚したため、ディリュージョン社の評判を落としたい同業他社がスパイを紛れ込ませたのだのではないかという話も出てきます。
メタブックの中止を訴える声も出始めますが、顧客に落ち度のないトラブルによりメタブックを中止した場合、高額な違約金が発生するためそうもいきません。
第三者や役者によりメタブックの世界に現実の出来事が持ち込まれた場合も同様で、顧客に現実の話題(今回は不可解なトラブル)を持ちかけるのも違約金の対象。
美月は問題児として評価されているのもあり、思い込みに近いですが彼女にとってはこのメタブックにはクビがかかっていたので、脚本を手掛けた手塚に意見を求めますが手塚は手塚で思うところがあり、美月にすべてを話しません。
トラブルのせいであらかじめ組まれた台本通りに進まない状況で、
- 今起きていることは本当にトラブルなのか?
- スパイや佐々木の命を狙う人物がいるのではないか?
そういった謎を佐々木に気づかれないように探っていくのが、この作品の肝になっていきます。
人を選ぶ主人公
このようにメタ要素強めなミステリーとして魅力のある本作ですが、一人称で進む美月の言動が人を選びます。
思ったことを口にしないと済まない性格で、そのことが原因でトラブルが起きても開き直って自分が悪いとは思いません。
自分の発言が原因でメタブックをダメにしても悪びれないので、問題児扱いされている現状を見返してやろうと奮起していても、冷めた視線でページをめくることになります。
口に出さなくてもこれは変わらず手塚との出会いでは、ラフな格好をしていることから『就職戦線から撤退してビル清掃の仕事をしているバイト』と思い込みましたが、手塚が学生時代に作家デビューしディリュージョン社からスカウトされた人物だと知ると、手塚が殺意を感じるレベルで睨みつけます。
ホームズという単語で真っ先に不動産屋を想像し、ミステリーどころか本すら読む気のない美月が、一連の出来事でミステリーの登場人物のようになっていく様には面白さがありました。
ですが非常事態では冷静に行動し、メタブックを壊すことなく解決まで導く姿には別人になったような違和感がついてまわります。
主人公は魅力のある人物でなければならないということではありませんが、美月の場合は上記の言動が解決に役立たず、「それいる?」と思うようなところで出ることも少なくありません。
複雑な伏線やトリック、こじれた人間関係もないため気軽に最後まで読め、真相の伏線も丁寧に撒かれていましたが、美月の前半と後半のギャップに引っ張られるのがもったいない一冊でした。
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